本質にこだわることは贅沢ではない
こんにちは
あ~ゆる暮らし・ライフスタイルアドバイザーゆいかです
私には幼少期から味わいのある古いものが好きで、できれば自分でその味わいを愉しみ、時間をかけて育ててゆける…そんなものやコトを好む傾向があります
きっと、もの作りをする職人さんの想いやその歴史、背景などもの以外に宿る『何か』に惹かれるからなのかもしれません
残念ながら、工業的に量産されたものにはその『何か』は薄くしか感じ取ることができませんし、実際こちら側が長く使い続けたいと思っていたとしても、劣化して壊れるほうが早いので、家具などは数年程度で買い替えたりすることになります
その都度粗大ゴミが出て、購入と処分にそれぞれにお金がかかり、さらには運搬で使う包材なんかもその時だけのためのモノなのでそのままゴミ箱行き~
最近では翌日配送が常識になってしまい、それによる運送会社の配車や人員確保も大変かと思えば働き方改革って…資本主義社会ってなんだかため息が出ちゃいますよね
一方、職人さんの作る家具や洋服などはハンドメイドが多く手間がかかります
長く使えるように丈夫に組み立て仕上げたり、細工やデザインが凝っていて細かいと手作業になることが多く、完成までの労力や時間がかかるのは至極当たり前なことで本来は必要不可欠なこと
その手間や工程の複雑さからくる時間と人件費などを額面的に『高い』と感じるかどうかの感覚って人それぞれなのですが、実際作家さんからその誕生秘話を聴いたり、創作する姿勢や作品に注ぐ眼差しに立ち会ってしまうと、少なくとも私はそれが妥当だと思うし…
また、一点モノだったりすると、安すぎやしないかと感じてしまうときもあるくらいの逸品だと思うのです
これが『何か』の正体なのだろうか
その想いをのせた作品を手にすると
自然と背筋がしゃんとします
そして
その誠意にキチンと向き合いたいと思う
だから大切に使いたいと思うし
結果手放せずに長く愛用することに
なるのだと思います
最近では
骨董市にもよく足を運ぶことが多くなりました
モノによっては古着も好きですね
昔のものは自然素材でつくられたものが多く
我が家のテイストにも私の信念にもしっくり
もちろん価値のある骨董ものはそれなりの価格になりますが、そこにはやはりそれまでの愛用者の『想い』が詰まっています
よく観察すると大切に使われてきた形跡を見つけることもでき、さらに嬉しくなります
好みが一緒の人なのだから気も合うだろうし、きっと会話したら楽しいだろうなぁ…
と元所有者を想像してみたりしてね
これらのモノと出逢ったときの衝撃と
日々目にし、手にしたときの継続するワクワク感たるや
人生がより愉しくなったし
買ってよかったといつまでも思える
そして
自分が幸せに満ちている感じられる瞬間
この気持ちってどこからくる豊かさなのだろう
値段なんてつけられないですね
本質的に優れたものとは
こういうもののことを指すのだと思う
決して無駄に高い買い物をして贅沢をしたわけではなくそれ以上の『何か』を得た(買った)ことになるのかもしれない
これからもこんな時間の流れを愉しみたいし、大切にお手入れしながら使い倒してゆきたいと思う
いつか手放す時が来たとしてもその時は同じ『想い』を抱ける人の元に必ずや渡ってくれることと信じ願って…
最後までお読みいただきありがとうございました
ナチュラルスタイル
Y's season (ワイズシーズン)
吉原 由夏
アーユルヴェーダ研究家
あ~ゆる暮らし ・ライフスタイルアドバイザー
E-mail :y.season.flower@gmail.com
Instagram::y.season.yuika_
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