「ていねいな暮らし」とは、梅仕事のことではない

最近、「ていねいな暮らし」という言葉を見かけるたびに、

少し考えてしまいます。 


 梅を漬ける。 味噌を仕込む。 発酵食品を作る。 木の器を使う。 

 それらはどれも素敵です。 


 私自身も、そういう時間は好きです。 


 でも、それらを見ていると、時々こう感じることがあります。 


「ていねいな暮らし」が、

行動のチェックリストになってしまっていないだろうか。 


 本来、梅仕事は「ていねいだからする」ものではありません。 

 梅が好きだから

 季節を感じたいから。

 あの香りに心がほどけるから。


 本当はそんな理由だけで十分なのだと思います。 


 ところが、いつの間にか 

 「やること」そのものが目的になると、 

 暮らしは少し窮屈になります。 



 私の母は半生以上を糖尿病からの予防に生きる人生でした。

そんな母を看取った私の人生観は大きく変わりました。


アーユルヴェーダに長く関わる中で

自分自身の生き方を見つめ直し

「何を予防するか」よりも、「どう生きるか」のほうが

よっぽど大切なのではないかと思うようになりました。 


 それは暮らしも同じです。 


 どんな道具を使うか

 どんな食材を選ぶか 

 どんな暮らし方をしているか。


 それ以上に大切なのは、 

 その選択が自分の生命の感覚に沿っているか。 


だから私は、「ていねいな暮らし」を、

手間をかける暮らしとは考えていません。 


むしろ、 

 自分の感覚を置き去りにしない暮らし。 

それが私にとっての「ていねいな暮らし」

です。 


 今日は梅を漬けなくてもいい。 

 味噌を仕込まなくてもいい。

 忙しい日は出来合いのものを買ってもいい。 


 その選択を、自分で納得して選べること。 


 私はそこに、現代の「道」の精神があると思っています。 

 茶道や華道が大切にしてきたのは、形そのものではなく、

向き合う姿勢でした。 


 私たちの暮らしも同じです。 

 伝統をそのまま真似ることではなく、

その精神を今の暮らしに生かしていくこと。 


 それが、私が考える「ていねいな暮らしをデザインする」ということです。

ていねいな暮らしをデザインする

五感を満たす暮らしへと導き、健康美あふれる人をふやし“ツナグ”

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