食におけるていねいな暮らしとは

こんにちは。

あ~ゆる暮らし・ライフスタイルアドバイザーゆいかです。

先日訪れた岡山倉敷で拝見した板前さんの身振り手振り、包丁捌きが忘れられない。

私は日常的に外食する際職人さんの見えるお店が好きなのですが、旅先では特に調理する姿をカウンターに座って眺めながらいただくのも好きでこの旅でも自然とそういう成り行きになったのです。 


素晴らしかったなー

やっぱりこれぞ、プロだよね。

そんな風に素晴らしいお食事に触れるたびに、日常の買い出しの中ではいつも以上に鮮魚売場を注視してしまう。


 今週はたまたま手頃なお値段なのに比較的良いものが手に入ったので、少しでも職人さんのそれに近づきたくて帰宅してからも真似事のようなことをひたすらしてみたくなります。 


まずはカタチから〜

なんて言ってキッチンに映える調理道具を揃えたりするのは、自分が料理をするぞというモチベーションをあげるきっかけにはなるけれど、せっかく揃えた一流の道具はやっぱり使いこなせてこそ。

宝の持ち腐れにはしたくないと包丁を使うたびに最近思うのです。 

 お気に入りの出刃と三徳は世界が誇るメイドイン燕のもの。

購入時は高価で、飾りっ気もない機能性重視のセレクトでした。

しかし、今では一生ものとして、きちんと手入れをして使い続けたいと心から思うし、腕も自信も間違いなく上がるから体感的に成長を感じられます。 

 今では、包丁研ぎもほぼ日常作業。 気持ちよい切れ味と、それがもろに味や仕上がりに影響することも知りました。 

↑残念な昨夜の鯛のお造り 

 ↑一方こちらはとある日のサヨリのお造り 


何より切れ味の悪い包丁を使うときほど気持ち悪いことはありません。

かといって手入れがゆき届いていたとしても、魚の卸し方で失敗すれば身取りには無駄は出るし鮮度も落ちる。

切り身の仕上がりはこんな風に貧相なものになってしまいます。

(お味は柵で購入するよりはるかに美味しいけど) 


 忙しい30代のころは見た目重視のインポートの錆びにくいステンレスやタングステン製などを簡単なシャープナーで済ませていたけれど、今のように少し時間に余裕ができたら断然研ぎ石で自ら手入れをしたほうが遥かに料理が楽しくなりましたね。


道具を大切に扱うだけでなく食に関わる職人さんへの敬意だったり、料理の味の先にある深い世界に僅かでも触れることができ、とても豊かな気持ちになります。 


ただ切れれば良いというだけにはとどまらない大切なものがそこにある。 

↑サバの塩焼き

 ↑さんまの塩焼き 

 ↑どど~ん‼かわいい丸のほうぼうちゃん ♡

↑ほうぼうの浅めの昆布〆 

 ↑残りの半身は頭付きで煮つけにしてみました


 思えば魚を卸していく作業は茶の湯や瞑想などの世界に近いのかもしれません。

決まった手順を踏み、身体は徐々に自然と動き理想のかたちをイメージして、目指すべき場所へと向かってゆく。 


優れた道具を使えることに感謝しよう。

そして、せっかくその道具を使って料理をするならば心を込めて真剣に食材と道具に向き合うべきと思うのです。 


この作業時間を面倒と思うのか。愉しめるのかはその人次第。

でも、少なくとも今の私はこの一見無駄なように見える作業とその時間がいとおしくてならないのです。

 

 食材をいただけるありがたさ 

自然や大地からの恵みに感謝する 


 その恵みにありがたい、感謝するという中にある『食』そのものにフォーカスしたていねいな暮らしの真髄、「あ〜ゆる」が大切にしたいものにまた近づき、触れることができたような気がしました。




最後までお読みいただきありがとうございました。🌈


🌱ナチュラルスタイル Y's season (ワイズシーズン) 

 吉原 由夏 

 アーユルヴェーダ研究家

 あ~ゆる暮らし・ライフスタイルアドバイザー 


E-mail   : y.season.flower@gmail.com 

Instagram  : y.season.yuika_



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