凪は、目指すものではない
ゆらいでもいい
こわばってもいい
重くなってもいい
そしてその先に「戻る凪を知ること。」
今日は、その「凪」について少しだけ解説したいと思います。
しずモリアーユルヴェーダにとって、凪とは自分が戻る場所の中心。
でもそれは「何も起こらない静かな状態」を指しているわけではないということ。
何も起こらない日はないし変化がない、ずっと同じ日々が続くことはない。
仮にそんな人生があったとしてもきっと退屈でつまらないと思うのです。
季節は変わるなかで身体も対応して変わります。
そして、人との関係が変われば暮らしも、その時の気持ちも変わってゆくのは当然ともいえます。
だから、昨日まで大丈夫だったことが、今日は少し違って感じることもあるかもしれません。
違うことを当たり前ととらえる。
凪とは、変化がないことではない
という前提を持つということ。
アーユルヴェーダには、心の質を表す言葉として「サットヴァ」という状態があります。
澄んでいて調和していてものごとをありのままに見れるステートのこと。
そんな静かな質のことを指します。
この感覚を日本の暮らしの中で感じるとき、
「しずモリ」という言葉が私にはしっくりきます。
森の中に入ると、静かです。
でも、実際は何も止まってなどいません。
木々は呼吸しているし葉はわずかに揺れている。
土の中では根が張り巡らされ鳥や虫もネットワークを構築して
常にやり取りを交わしています。
静けさの中にはそんなたくさんの生命の息遣いを感じます。
森全体のスタンダードとして静かな世界観がそこにあるのです。
私はこの感覚こそが「凪」に近いのだと思っています。
海に広がる凪も決して何も起きていないわけではなく、
波立つ直前にある静けさや一日の始まりを告げる
夜明け前の僅かな揺らぎを受け入れることから
全ては始まるのだと思います。
しずモリとは
その中心にある静けさを感じながら
自分らしく揺らぐ鼓動の場所。
静けさによって感じ取ることができるその僅かな鼓動こそが
「私は私として、ここにいる」
というあなたの中心核に触れることができる。
それが、私の考える「凪」の姿です。
そして、そこには「オージャス」という考え方も重なってきます。
その人の生命が、その人らしく満ちている。
そんな感覚にも重なるのです。
オージャスは、生命を支える力、
健やかさの土台となるものとして、
アーユルヴェーダで大切にされてきた概念。
それは、単に「元気」とか「健康」はその結果であり
あなたの生命を支えるものであり
あなたらしく輝きが満ちる感覚に近いと思っています。
輝こうと努力しなくても
誰かと比べなくてもよくて、
追い立てなくてもいいやさしいステート。
今、私は
自分の中にあるものが、
静かに満ちているかな?
迷いそうなとき
見えなくなったときは
その感覚を持っていさえすれば
外側の波に飲み込まれにくくなるのだと
私は思うのです。
時には人生には
大きな波が容赦なく何度もやってきます。
予想もしなかった出来事や別れと出会い。
仕事の変化に身体の変化。
そこに起こる揺れる心。
でもそんなときこそ
「私は凪でいなければ」
と頑張る必要などありません。
それはもう凪ではありません。
凪を保つことより、戻れる場があることが大切で
見失わないようにその世界観を
いつも大切に育てることなのだと思うのです。
海には、波があって
波があるからこそ海は海として
安心してうねりを創り出す。
きっと私たちの人生も同じなのだと思う。
波が来たら、波をなくそうとするのではなく、
どう乗りこなしてやろうか、と
面白がってその運転ハンドルに
手をかけてみること。
でもね。
すべてを思い通りにしようとせずに
起こった波と、
自分の力を信じて感じながら、
そのときの最善の舵を取ってみる。
私はそれが「自分の人生を生きる」ということ
なのではないかと思うのです。
凪は、目指すものではないし
ずっと凪でいようとする必要もないのだから
ゆらいでもいい
こわばってもいい
重くなってもいい
ゆるむことを忘れずに感じるてもとに戻るって
また波に乗ってみる。
その繰り返しの中で、自分の凪を少しずつ知ってゆけたら
「今日のこの波も、悪くないな」
と思える瞬間がくるかもしれません。
人生を整えることは、
波をなくすことではありません。
波のある人生を、楽しみ尽くせる自分になること。
そのために、自分の中にある
静かな森しずモリを知っておく。
そこに戻れさえすれば、また歩いてゆけるから。
「では、自分にとっての凪とは、いったい何なのか?」
という、ひとりひとり違う問いがあります。
その答えは、誰かに教えてもらうものでは
ないのかもしれません。
自分の身体を感じ、季節を感じることで
暮らしを見つめること。
そして、あなたの中で起きている
小さな変化に気づける歓びをもっともっと味わおう。
そうやって少しずつ、
自分だけの「凪」を知っていく。
凪とは目指すものではなく
すでにあるあなたの核そのものであり
あなたに還る場所
今は見失ってしまっているだけ
そんな本来のあなたに再会するために
アーユルヴェーダがあります。
それが、しずモリアーユルヴェーダの世界観です。
感じて
ユルんで
トトノウ
そしてまた、
新しい波へDIVEしてみない?
いつか振り返ったとき、
「これも、私の人生だった」と思えるように。
だから今は、どんな波だって楽しみ尽くしたいよね。
本日もお読みいただき
ありがとうございます。
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